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プリキュアに叶えてもらった夢

2015年10月25日 21:55

(※「ながいよ!」という方は、スクロールして「子供たちの笑顔が~」から下だけでも読んでいただければと)


ついに10月31日公開になります
「映画Go!プリンセスプリキュア Go!Go!!豪華3本立て!!!」
あちこちでセミナーや取材・告知をさせていただき、感謝しております。

イラスト描いてみまいた(クリックで拡大)
preMovKinen_201510252308545cc.jpg



この中で、フル3DCGによる中編映画
「プリキュアとレフィのワンダーナイト!」
で、映画としては初の監督をやらせていただきました。
半年という短いプロダクション期間でフルCG映画を作るという無謀な挑戦でしたが、なんとか先日ダビング、オンラインを経て納品となりました。

今までもたくさんのプリキュア作品に関わらせていただいてきましたが、今回は初監督ということもあり自分にとって並々ならない気合と執念で作品制作に望みました。
なんだか自伝のようになってしまいちょっと長いですが、自分がプリキュアというタイトルに込める思いを書いていければと思います。


■「監督になりたい!」と決意した「ホッタラケの島」
私のキャリアスタートはゲーム会社で、当時「一流のモデラーになる」事が唯一の目標であり、夢でした。
しかし、最初の転職先であるプロダクションIGで関わった映画「ホッタラケの島」で、当時絵コンテ演出をされていた塩谷直義さんの仕事をみて「キャラクタを魅力的に見せるのはモデリングだけじゃない」という当たり前の事に気付きました。
キャラクタのしぐさやセリフ、場面の流れなどあらゆる要素が総合的に絡み合い、キャラクタは魅力的に見えるのだと。
それ以来私は6年間「監督になりたい!」と言い続けるようになりました。


■東映に来るきっかけとなった「プリキュアオールスターズDX2」
そもそも私は東映アニメーションに所属前、別の仕事をしながら在宅で東映の仕事を手伝っていました。
その時手伝っていたのが大塚隆史さん監督の「映画 プリキュアオールスターズDX2」で、宮原直樹さんがディレクターをされていたフル3DCGエンディングのキャラモデリングを手伝わせてもらっていました。
私の担当はプリキュア5GOGOの「キュアレモネード」だったのですが、リアル系のCGしか経験のない私はOKすらとることができず引き上げられてしまう始末。迷惑だけかけて全く戦力にならないというありさまでした。
ただ、引き上げられたにも関わらず試写会で見たキャラクタたちの映像をみて「もう一度この仕事をしたい」と思えるくらいインパクトのあるエンディングに仕上がっていました。

ちょうどその頃別の仕事が止まる事が決まり、現在は東映デジタル部の部長になっている氷見さんに声をかけてもらいました。
私としては結果を出せなかった後ろめたさがあったのですが、それでも「才能を感じるから」と声をかけてくれた事に感激し、デジタル部に直接所属する事を決めました。


■リベンジで挑んだ「スイートプリキュア」
それから5年半、色々な作品に関わってきたのですが、転機となったのは2011年「スイートプリキュア」の後期エンディング。4人目の新キャラクタ「ミューズ」のモデリング担当が空いているが、やってみるかと提案をもらいました。
DX2での挫折がくやしくて、いわゆる「セルルック」のキャラクタ表現に対して徹底的に自主勉をしていた私は「やらせてください!」と即答。今回は引き上げられず最後までOKを取る事ができました。


■人生初の成功体験「スマイルプリキュア」
スイートで一応はトゥーン系案件でも使えると評価してもらい、次のスマイルプリキュアではリードモデラーをやってみろというお話をいただくことに。
話を聞くと、スマイルの監督は私が東映に来るきっかけを作ってくれたDX2の大塚さん。上がってきたキャラクタデザインはとても好みで、
とにかく「この作品に運命を感じる」と思いました。
それもあり猛烈な熱意で直談判をし、リードモデラーではなくエンディングのディレクターとしてやらせてもらえることになりました。
そうと決まればがんばりましたよ、そりゃもうがむしゃらに。
結果的にスマイルプリキュアのEDはとても好評をいただき、プリキュア初のCGWORLD表紙をやらせてもらうなど大成功を収めることができました。
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■逃げては通れぬ戦い「聖闘士星矢 Legend of Sanctuary 」
スイートやスマイルをやりながらもずっと取り組み続けていたビックプロジェクト星矢がついに始動し、しばらくはこれにかかりきりになっていました。
この案件ではキャラクタデザインという肩書きを頂くことができました。
正直、長い案件だっただけに辛い思い出がそれなりにあります。
とにかく、苦しかった。(忙しかったとは別)


■リハビリだと思ったら超絶大変だった「ハピネスチャージプリキュア!」
星矢のデザイン、モデリングが終ったタイミングでしばらくゆっくりしたいなあ・・・と思っていたら、上司から呼び出されました
「3つの中から好きな案件選んでいいからディレクターして」
というお話。
今思えばこれ以外選ばないだろと思うラインナップだった気がしないでもないですが、とにかく私が選んだのは「ハピネスチャージプリキュア!」でした。エンディングは一回やっているし、まあ肩の力を抜いて息抜きがてら楽しもうくらいに思って引き受けました。
世の中そんなに甘くない!
ハピネスチャージの前期をやっている時期は、星矢のショット制作まっさかりの時期。
コンポジターもエフェクターも協力を得られず、あらゆる作業をセルフサービスでこなす超絶過酷な案件に。
でも、不思議と苦しくは無かった。むしろむちゃくちゃ楽しかったのを覚えています。
その後フォームチェンジバンクを数本作りながらクオリティの土台を固めて、グランドラインへ旅立つことに。


■東映を辞めようか本気で悩んでいた時期
実はワンピースが本格始動する前、東映を退社しようか本気で悩んでいました。
正直ここまでの数年間で精神的に疲弊することがあまりにも多く、ハピネスが楽しかったので少し持ち直したものの気持ちの落ち込みは治っていませんでした。
この時期、自分は監督になれてもショートムービー止まり。テレビや映画で監督なんてどうせなれないだろうと思ってしまっていました。
そんな時、スイートプリキュアの境監督と星矢の上村助監督が飲みに誘ってくださいました。
お二人は監督を目指す私からすると憧れの中の憧れ。
そこでお二人がが出会ってきたレジェンドな方々の話や、やりがいのあった仕事の話。
たくさんの話を聞かせてもらいました。
そこで何より嬉しかったのは「宮本君の監督した作品を見てみたい」と二人に言ってもらえたこと。
とにかく、体がぞわっとするくらいうれしかったのを覚えています。


■初監督「東京ワンピースタワー」
実は今の映画を監督する前に、一本だけショートムービーの監督をやらせてもらいました。
現在東京タワーの下でやっているワンピース専属のテーマパーク「東京ワンピースタワー」の映像です。
「ルフィのエンドレスアドベンチャー」というアトラクションの最後にあるシアターに流れている映像が私の初監督作品です。
ここでも、キックオフ時にある憧れの方からうれしい言葉をいただき、一気に気持ちがトップギアに入りました。
前からワンピースはやってみたかったこともあり、その当時できることは全てやりつくし今でもクオリティには自信を持ってオススメできると自負しています。
ご興味の有る方は是非東京タワーへ。


■ついに映画監督「プリキュアとレフィのワンダーナイト!」
ここ数年間の人生で最も気持ちの落ち込む時期を乗り越え、ようやく手にしたチャンスが今回の映画。
私を東映に呼んでくれた氷見さんから「ハロウィンモノやりたいって言ってたよね、今年はハロウィンがテーマだから企画出してみる?」と進められました。
「ここを逃したら次のチャンスは無い!」と思い、必死に食らいついて企画を前に進められるよう頑張りました。

中編とはいえ半年でフルCG映画を作るというクレイジーなスケジュール。
正直最後の最後まで本当に終るのかと不安でした。

今回は監督のほかに、キャラクタデザイン、絵コンテ、リードモデラー、フェイシャルリギング、アニメーションなどを兼任しました。
自分に出来る事はなんでもやるぜ!というスタンス。
メインスタッフには今までずっと一緒に組んできた信頼できる布陣で固めてもらい、彼らと一枚岩になり結束できなければこの期間で完成はありえなかったと思います。
とにかく必死に力を尽くしてくれたスタッフたちにはもう足を向けて寝れません。

実は制作中盤、同時作業していたテレビの後期EDの佳境時期くらいからずっと頭痛が治まりませんでした。
症状を調べてみたら「緊張性頭痛」というものらしく、緊張やストレス、肩こりから来るものだとか。
結局映画が終るまで強弱はともかく、ずっとついてまわっていました。
ただ、オンラインで全素材を納品した日の夜信じられないくらいぐっすり眠れて、次の日起きたら完全に頭痛が治っていました。
私は昔から緊張はしないタチだと思っていたのですが、今回ばかりは不安でどうしようもなくなっていたのかもしれません。


■子供たちの笑顔が、一番のご褒美
そして昨日10月24日、私にとって晴れ舞台となる東京国際映画祭のレッドカーペットイベント・新宿バルト9の舞台挨拶をしてきました。
これらは自分にとっては身に余るもので、完全に身の丈にあっていないレベルのイベント。
プリキュアというビックタイトルにぶら下がり「連れて来てもらった」イベントです。
いつか自分の実力が、この舞台に相応しいレベルに到達できる日が来るんだろうか・・・
そんな事を思いながらフローラさんときゃっきゃしてきました。
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そして今日10月25日。ついに子供たちの反応を見る日がやってきました。
試写会で後ろの方に座り、隣に座った長編の座古監督と二人で子供たちの反応を見ることに。
もうね、本当に一生懸命、プリキュアたちを応援してくれるんです。
一生懸命ライトを振って「プリキュア、頑張れ!プリキュア、頑張れ!」って。

本編もさることながらその姿を見て感動し、気が付いたら涙を流していました。
4年前始めて子供たちの反応を見たときから確信していたこの思い。
「子供たちにとって、プリキュアは架空の存在じゃない」
実在のヒーローだからこそ、そこに適当な事はできない。
改めて、自分の仕事の大切さを実感しました。
そして、うれしかった。
心の底からうれしかった。
子供たちのために映画を作ってきたはずなのに、何で俺が一番うれしさをもらってるんだって、もう胸がいっぱいになりました。


■「レフィ」というキャラクタについて
最後に、映画について触れようと思います。
ネタバレにならない程度に、映画オリジナルキャラクタ「レフィ」についてお話します。
ここまで、私が映画監督になるまでのお話をしてきました。その中で

・監督になりたいが、そう簡単ではなかったこと
・何度も挫折し、心が折れ、諦めてしまったこと
・それでも他人の言葉や熱意に心を打たれ、もう一度頑張ろうと思えたこと


プロットを書いている時は全く意識していませんでしたが、レフィというキャラクタは私が「監督」になるまでに経験してきたこと、出会ってきた人たちの生き写しだなという事に気付きました。
劇中でレフィが言うセリフ、プリキュア達に言ってもらったセリフ。
それら全てに、自分がもう一度頑張ろうと思えた大切な人たちとの関わりが散りばめられています。


人間、一度あきらめた事を何かのきっかけでもう一度挑戦し、達成したとき本当に心に勇気が湧くんです。
私は私が出会ってきたたくさんの人たちのおかげで、もう一度頑張ろうと思えました。
この映画を見た子供たちが、本当に小さなことでもいいんです。
「レフィみたいにもう一度頑張ろう」
そう思ってくれたら、これから先生きていく人生の中で、それが勇気になり柱となると思うからです。

カナタ王子の言葉で夢を捨てずにいられた、プリンセスはるかのように。
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